ハンニバル・レクター資料室とは

怪物と呼ばれた医学博士ハンニバル・レクターについて、生い立ち、嗜好、関係者などをトマス・ハリスの原作小説を基にまとめた資料室です

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ハンニバル13歳にして初の殺人

ポール・モマンとハンニバル・レクターの出会いは毎週木曜日に開かれる村の市での事であった。
八百屋のビューローの店からぜんまいを仕入れる紫伯爵夫人に同行したハンニバルであるが、ブランデーを引っ掛けながら鶏肉を裁いていたポール・モマンの叔母を侮蔑する一言で注意を向けたその瞬間、ハンニバルは忘れ得ない妹ミーシャを殺害した一味の首謀者の風貌をその中に見いだしてしまったのである。

無礼を許さないハンニバル

自制心を失ったハンニバルはポール・モマンと取っ組み合いの喧嘩となり、紫伯爵夫人も巻き込んだ騒動になってしまった。
地元警察の介入によりその場は収まったのであるが、すでにハンニバルの意識下ではポール・モマンに何らかの償いをさせる決心が固まっていたようである。
その方法を決定づけたのは、市で自分の妻が侮蔑された事を知ったロベール・レクター伯が翌日ポール・モマンを詰問した際に、持病の発作(心筋梗塞か脳溢血と思われる)に襲われ帰らぬ人になったのがきっかけと思われる。

無礼の償い

市では不意をつかれ過去の記憶に飲み込まれて逆上したハンニバルであるが、その後の行動は冷静であった。
ロベール・レクター伯の死によりポール・モマンの無礼の償いは「死」しかあり得なかった。そのための道具として紫伯爵夫人の元で日本の文化に親しんだハンニバルは、無礼の償いのために紫伯爵夫人が手入れをしていた正宗の脇差しを選んだのである。
冷静さはポール・モマンと再び対峙した時にも動揺することなく、モマンに謝罪文を書かせようとした所にも表れている。
もちろん、ハンニバルの中ではモマンが謝罪文を書く事などあるはずも無く、最初から無礼の償いとして、紫伯爵夫人の所有する正宗により「死」を与えるつもりであったのである。

ポール・モマンの処刑の方法

処刑の方法は紫伯爵夫人を侮蔑した言葉をそのまま本人の体に刻み込む事により行われた。
腹を水平に裂き、侮蔑の言葉の状態をポール・モマン自身の体で表現させ、最後は首を落としたのである。

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