ヴラディス・グルータス一味によってもたらされた妹ミーシャの死は、ハンニバルから言葉を奪っただけでなく深い心の傷を刻み込み、踏み込むと自分の意思ではどうすることもできない闇の洞窟を穿ってしまった。
あまりに深い闇の洞窟
ハンニバルの心に穿たれた闇の洞窟はあまりに深すぎ、言葉や記憶の一部のみならず、愛する心をも飲み込んでしまったようである。
この底なしの洞窟は、まだ若いハンニバルにとってはあまりに大きく深すぎ、本来なら成長と共に学ぶ人と人との相互理解に基づき形成される人間関係や他人を思いやる心、愛する心をことごとく吸い取ってしまった。
常人であれば心の中にこのような闇の洞窟を抱えたままでは、他人に対して心を開くことなく内に籠り、外界との接触を絶ってしまうような生活に陥ってしまい、挙句の果てにはまともな社会生活を送れない人間になってしまったことであろう。
しかし、ハンニバルの場合は、明晰すぎる頭脳と記憶の宮殿に蓄えられた過去の思い出、鋭い観察力により一見外界との接触を一切好まないように見えながらも、貪欲に外部の情報を飲み込み、知的快楽を得ていたのではないだろうか?
あたかも闇の洞窟に対抗するように底なしの欲求の洞窟があるように。このことは、フランスに移り住んでからの生活に現れているようである。