クラリス・スターリングは優秀な訓練生であったが、その心の奥底にはハンニバルのそれとは異なるが封印している記憶があった。
ハンニバルは5回に及ぶクラリスとの面会で、FBIが求めていたバッファロウ・ビル事件解決に関わる情報を提供したが、その情報はクラリスの封印していた過去の記憶との引き換えで得たものであった。
封印している記憶
ハンニバルは1回目の面会で自分が殺害したラスペイルの車を再調査すること(これはクラリスに対するバレンタインデーのプレゼント)、2回目の面会では犯人が2階建ての家に住んでいること(自分からの情報により事件が解決することの自信の表れ)などを辛辣な会話を通じて話していているが、バッファロウ・ビル事件で6人目(上院議員の娘)が誘拐され、処刑までの時間の猶予がなくなると知ると、それ以降の情報提供はクラリスの子供時代の最悪の記憶と交換する形をとり始めた。
3回目の面会では事件に巻き込まれ亡くなったクラリスの父親(夜警であったのに警察署長とした)の話と引き換えに、6人目の犠牲者は乳房が付いたチョッキのために誘拐したと話している。
4回目の面会では、父親が警察署長などではなく一介の夜警であったことをわざわざ指摘し、母親の稼ぎだけでは養育できなくなり、モンタナの従姉妹夫婦の牧場に預けられたことの話と引き換えに、犠牲者の口の中にあったガから犯人は性転換願望のある犯罪者であることを伝えている。
最後の5回目の面会はバッファロウ・ビル事件で自分の功績を世間に見せ付けたいチルトン医長の出世欲のために移送先のメンフィスで行われた。そのときもたらされた情報はそれまでの中で一番あいまいであった。
それは「犯人を見つける情報はすべて事件のファイルの中にある」というのもので、クラリスがもっとも触れたがらない過去、モンタナの牧場で屠殺される子羊の悲鳴で目が覚め、同じく屠殺される運命であった目の見えない馬と一緒に逃げ出した経緯と交換にもたらされた。
この記憶はクラリスにとってトラウマとなっており、今でも不意に夢に現れ夜の闇の中で目を覚まさせてしまうのである。