ハンニバルにとってのフランスでの生活は、どのようなものであったのであろうか?
叔父のロベール・レクターから絵の手ほどきを受け、叔母の紫夫人からは日本の美意識を学んだ事は確かであろう。また、その特異な記憶法により、医学生としての成績も優秀であった。一見、忌まわしい戦争の記憶から立ち直れたかに見えた。
だが結局は、すべては妹ミーシャの復讐の為に費やされたのではないだろうか?
ハンニバルを作り上げたフランス時代
確かにリトアニアから叔父のロベール・レクターに引き取られた時のまだ13歳のハンニバルにとって一番必要なものは、人間的な生活を通した癒しの時間であっただろう。
しかし、ハンニバルはあまりにも孤独であり、その心は彼自身の記憶法により妹ミーシャの死の記憶から逃れる術を奪われ、記憶の呪縛に囚われていた。
外見は普通の青年のように振る舞っていたが、内面はすべてが妹ミーシャの復讐に向けられていたのではないだろうか?
紫夫人と過ごしたフランスでの生活は、確かに精神的成長をハンニバルにもたらした事は確かである。しかし、忘れ得ない記憶(ハンニバルの場合は文字通りそうなる)を乗り越える術を持たないハンニバルにとってその成長は、常人とは別のベクトルとなりハンニバルの特異性をより補強したように見える。
結局のところフランスでの生活は、ハンニバルの次に挙げる特性をより強固にしたのではなかろうか?
- 自分が行う行為に対する倫理性の欠如
- 経験を尊重しない大胆不敵さ
- 一度決定した事を翻さない頑固さ
- 美的なものに対する執着心
- 世俗的事柄に対する無関心
これらのより強化された特性がその後のハンニバルの生活様式を決定づけたのは間違いないと思われる。
もうハンニバルの方向性を修正する事ができる人物は彼の元を去り、唯一無二の存在として自由に生きる道を歩み始めたのであるから。

